2014年07月07日
豚の奥さんよりは・・・
「ばばの日記」
7月7日(月)晴れ
大型台風が接近するかも・・・って言われている。
まだ、風は全然強くない。
日差しがきつい徳之島。
台風、逸れてくれますように・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日は七夕。
織り姫と彦星、天の川を挟んで、上手く会えるかなぁ。
7月7日といえば、ばばにとっては忘れられない日だよ~。
ばばがじじと会ったのが、奇しくも7月7日。
それも、時間はほんの10分もあったかどうか?
当時、ばばは家から職場まで車通勤していた。
その日は、夕方から職場の懇親会が予定されていた。
とても暑い日だったので、昼間の汗を流してから
夜の会に出ようと、たまたま帰宅し、風呂に入り
さぁ、再出勤と思っていたところに、
顔見知りの大先輩教員がふたり。
あとひとり、サングラスをかけた若者も。
ばばが玄関を出ようとした時に「こんにちは~」と
入って来て「庭を見せて下さい」と。
ばばの父は盆栽作りが大好きで、庭木などもきれいに剪定していた。
一旦、玄関を出かかったばばに母が「お茶でも出して」と言った。
ばばは、たまたま送り物でいただいていた「文旦漬け」と
お茶をお盆に入れて3人に出し、
これから出かけることを話し、そのまま出て行こうとした。
その時、大先輩が、ばばに何か話したと思うが
何と言ったか覚えていない。
若い青年は、ばばと言葉を交わしたかさえ覚えていない。
その時の大先輩ふたりのうち1人がじじのお父さんで
あと1人がじじの小学校時代の恩師E先生だった。
大先輩ふたりの顔は知っていたけれど、じじとは全く初対面。
今思っても、第一印象は「短髪でサングラスかけている・・・怖い人?」。
ほんの10分足らずただ玄関先で会っただけのじじと、
その約5週間後に入籍することになろうなんて
自分でも全く思わなかった。
だって、後で分かったんだけど、じじは徳之島とは
海を隔てた場所で勤務もしていたし
ばばは、「27才で結婚する。結婚する人は5才年上。
メガネかけた人とは結婚しない。」
と、決めていたから。
それが、どうしたことか、自分の理想は全て打ち砕かれ
1才違いの、サングラスのようなメガネをかけた人と、24才で
結婚する事になったのやら・・・・
今以て、理由は分からない。
じじは、未だに言う。
「僕がよっぽど格好良かったんだろう」ってさ。
そんな事ないよ~、サングラスかけた怖いアニさんってしか思わなかったもの。
強いて言うなら、両親がとても良い人たちだった・・・っていうのはあるかな?
それと、親子の仲がとても良かった・・・・
じじの妹とばばは顔見知りだった・・・
・・・けど、本当に「縁は異なもの味なもの」。
後日、じじは言った。
今でも、言うけどね・・・
「実はね、ばばが帰ってくるのを待っている間に
近くの豚小屋で豚を見ていたんだよ。
豚を見た後だったから、ばばの方が少しマシに見えたよ」ってさ。
って、ここから「ばばは豚よりマシな妻」になっちゃったらしい。
いまでも、じじはたまに言うんだよ~
最近はばばも言い返すの。
あの豚と結婚すれば良かったのに。
そしたらさ、豚の奥さんが掃除して、洗濯して、
美味しいご飯作ってくれていたかもよ」って。
当時、各家では豚が飼えなくなっていたけど、
畑の隅などに豚小屋を作り、数頭飼っている人たちはいて
ばばの家のすぐ前の畑にも、豚小屋が1軒あって
豚が2,3頭飼われていたの。
遠く離れたじじに、どこからばばの情報が入ったのやら・・・・・
もしも、あの7月7日、七夕の日に
ばばがお風呂を入るために帰宅していなかったら
じじとは会っていなかったかも知れない。
だって、じじはそんなに休み貰えなかっただろうし、
翌日にはすぐ船に乗って勤務地に帰って行ったんじゃないかなぁ・・・・
そこまで、ばばは知らないけど。
人間の運命なんて、本当に不思議なものだと思う。
もし、あの豚小屋が無かったら・・・・・
じじ達は、ばばが帰ってくるまで、
どこで時間を潰していたのだろう?
今となっては、豚に感謝すべきか?豚を恨むべきか?
あれから何十回、七夕を迎えただろう?
じじと一緒に・・・・・
7月7日(月)晴れ
大型台風が接近するかも・・・って言われている。
まだ、風は全然強くない。
日差しがきつい徳之島。
台風、逸れてくれますように・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日は七夕。
織り姫と彦星、天の川を挟んで、上手く会えるかなぁ。
7月7日といえば、ばばにとっては忘れられない日だよ~。
ばばがじじと会ったのが、奇しくも7月7日。
それも、時間はほんの10分もあったかどうか?
当時、ばばは家から職場まで車通勤していた。
その日は、夕方から職場の懇親会が予定されていた。
とても暑い日だったので、昼間の汗を流してから
夜の会に出ようと、たまたま帰宅し、風呂に入り
さぁ、再出勤と思っていたところに、
顔見知りの大先輩教員がふたり。
あとひとり、サングラスをかけた若者も。
ばばが玄関を出ようとした時に「こんにちは~」と
入って来て「庭を見せて下さい」と。
ばばの父は盆栽作りが大好きで、庭木などもきれいに剪定していた。
一旦、玄関を出かかったばばに母が「お茶でも出して」と言った。
ばばは、たまたま送り物でいただいていた「文旦漬け」と
お茶をお盆に入れて3人に出し、
これから出かけることを話し、そのまま出て行こうとした。
その時、大先輩が、ばばに何か話したと思うが
何と言ったか覚えていない。
若い青年は、ばばと言葉を交わしたかさえ覚えていない。
その時の大先輩ふたりのうち1人がじじのお父さんで
あと1人がじじの小学校時代の恩師E先生だった。
大先輩ふたりの顔は知っていたけれど、じじとは全く初対面。
今思っても、第一印象は「短髪でサングラスかけている・・・怖い人?」。
ほんの10分足らずただ玄関先で会っただけのじじと、
その約5週間後に入籍することになろうなんて
自分でも全く思わなかった。
だって、後で分かったんだけど、じじは徳之島とは
海を隔てた場所で勤務もしていたし
ばばは、「27才で結婚する。結婚する人は5才年上。
メガネかけた人とは結婚しない。」
と、決めていたから。
それが、どうしたことか、自分の理想は全て打ち砕かれ
1才違いの、サングラスのようなメガネをかけた人と、24才で
結婚する事になったのやら・・・・
今以て、理由は分からない。
じじは、未だに言う。
「僕がよっぽど格好良かったんだろう」ってさ。
そんな事ないよ~、サングラスかけた怖いアニさんってしか思わなかったもの。
強いて言うなら、両親がとても良い人たちだった・・・っていうのはあるかな?
それと、親子の仲がとても良かった・・・・
じじの妹とばばは顔見知りだった・・・
・・・けど、本当に「縁は異なもの味なもの」。
後日、じじは言った。
今でも、言うけどね・・・
「実はね、ばばが帰ってくるのを待っている間に
近くの豚小屋で豚を見ていたんだよ。
豚を見た後だったから、ばばの方が少しマシに見えたよ」ってさ。
って、ここから「ばばは豚よりマシな妻」になっちゃったらしい。
いまでも、じじはたまに言うんだよ~
最近はばばも言い返すの。
あの豚と結婚すれば良かったのに。
そしたらさ、豚の奥さんが掃除して、洗濯して、
美味しいご飯作ってくれていたかもよ」って。
当時、各家では豚が飼えなくなっていたけど、
畑の隅などに豚小屋を作り、数頭飼っている人たちはいて
ばばの家のすぐ前の畑にも、豚小屋が1軒あって
豚が2,3頭飼われていたの。
遠く離れたじじに、どこからばばの情報が入ったのやら・・・・・
もしも、あの7月7日、七夕の日に
ばばがお風呂を入るために帰宅していなかったら
じじとは会っていなかったかも知れない。
だって、じじはそんなに休み貰えなかっただろうし、
翌日にはすぐ船に乗って勤務地に帰って行ったんじゃないかなぁ・・・・
そこまで、ばばは知らないけど。
人間の運命なんて、本当に不思議なものだと思う。
もし、あの豚小屋が無かったら・・・・・
じじ達は、ばばが帰ってくるまで、
どこで時間を潰していたのだろう?
今となっては、豚に感謝すべきか?豚を恨むべきか?
あれから何十回、七夕を迎えただろう?
じじと一緒に・・・・・